[0]:TOP
[1]:秋
『交響曲第5番』
マーラー
交響曲第5番
第4楽章の
第5番は
ボクシングの
第5ラウンド
という言葉の
響きに似ている
あくまでも
言葉だけの話
なのだが
「第5ラウンド
矢吹が放った
テンプレーの
フック
その時
ダウンした際に
後頭部を・・」
それから
力石を失った
矢吹は
あてもなく
いく日もいく日も
街をさすらい
おそらくは
地理的に近い
土砂降りの
吉原のネオン街も
歩いただろう
通りで誘う
ミニスカートの
売春婦たちに
少しは
ときめいたりも
したろうか
それから
再び
泪橋にかえって
リングに立った時
顔面を打つことの
できない
ボクサーに
豹変していた
矢吹が
どうして
また
相手の顔を
殴れるように
なったか
そのわけを
思い出せない
どうしても
思い出さない
口付けだけは
許さなかった
売春婦たちが
いつしか
時の流れの中で
それさえ
サービスとして
受け入れて
いくようになって
しまったように
だから
あまりに
かなしいことは
思い出さない
うちに
忘れたふりをする
くせを覚えた
ただ
今はもう
マーラーの
交響曲第5番
第4楽章を
聴きながら
過ぎ去った あの
第5ラウンドの
いくども
いくども
悔やみつづけ
何度も何度も
よみがえっては
夢にさえ
うなされた
あの
たとえようのない
後悔を
今は
吉原のまばゆい
ネオンの海に
すてよう
ここもまた
戦場なのか
どんなにまぶしく
またたいていても
ここは
あの
第5ラウンドの
リングを
照らしていた
スポットライトに
似て
どうも
この
銀河系空間の
またたきは
どうしても
救いの光と
いうよりは
人々の流す
泪のかけらで
ある
気がしてならない
やはりここは
楽園では
なかったのか
それにしても
デジタル化された
コンパクト
ディスク上の
交響曲は
いくど聴いても
すりきれない
すりきれない分
だけ
よけいに過去も
思い出して
しまうので
いつも
ぼくは
マーラーの
交響曲は
第5ラウンドしか
聴かないことに
している
その前も
その後も
なかったことに
して
あるのは
いつも
第5ラウンドだけ
矢吹が
力石を失った
あの
交響曲第5番だけ